OKIBORU(Sandy Springs店)にて、つけ麺という亡霊を食す

アメリカにいながらラーメンが食べられる。
それだけで人は、文明の恩恵に感謝し、神に祈り、そして日本を忘れる。
だがここには、つけ麺がある。
Tsukemenと書いてある。英語にしない。Dip?Dipping Noodles?言わない。言えない。言いたくない。
それは、言語の敗北であり、文化の譲渡であり、魂の売却だ。

看板には「麺や」。もう日本。 店内には「うま味」と書いてある。壁に。でかく。


Umamiというメニューもある。だが「うま味」という料理は存在しない。
それは概念であり、味覚の亡霊であり、マーケティングの幻影だ。

チャーシューか唐揚げか豆腐か。選べと言われた。 選ばせるな。迷わせるな。私は客だ。 チャーシューを選んだ。

出てきたのはチャーシュー丼。

味付きマヨが乗っていた。緑色はほうれん草。ピクルスが添えられていた。
アメリカだ。ジャンクだ。中毒性がある。
私はそれを食べた。完食した。敗北した。

つけ麺も食べた。麺は温かくしてもらった。
店員は優しかった。英語だがゆっくり話してくれた。
それだけで涙が出そうになる。 異国で「わかろうとしてくれる人」に出会うと、人は簡単に心を開く。

つゆは濃厚。煮卵、すだち、チャーシュー。 麺は太い。まさに日本。
値段以外は。 US$18。日本円で2700円。換算するな。心が死ぬ。

とんこつも鳥白湯も食べた。美味しかった。 だが、私はつけ麺を食べに来た。
それは記憶の味であり、帰れない故郷の象徴であり、「私たちは日本人なのだ」と思い出させる呪文だ。

OKIBORU。
それは、アメリカに置き去りにされた日本の断片。
そして、私が拾い上げた、つけ麺という亡霊。